言葉のすれ違いが起こるメカニズムを考える

こんにちは。Mogです。   同じ言葉でも、発する人によって受け取られ方が変わる。 同じ言葉でも、受け取る人によって受け取られ方が変わる。   同じ環境の同じ境遇の同じ人生を歩んでいる人は、一人としていない。ということは、価値観はもちろん、感じ方も発し方も受け取り方も異なる。

本音ほど言葉にするのは難しい

本音を打ち明けた場での話ですら、言葉は噛み合わない。お酒が入るとなおのこと、自分の発したい言葉を優先したいという欲求が強くなるので噛み合わなくなることもある。そして、記憶に残りにくい。また、場の雰囲気によって言葉を発することもあるので、よりおかしな事になる。   言葉を扱うのは難しい。   相手がいると、なお難しい。

キノの旅というアニメはご存知だろうか。   キノという旅人が、3日間だけその国に滞在して様々な国を旅する話なのだが、その中に「人の痛みが分かる国」という題名の回がある。   「人の痛みが分かる」=「心の痛み」を指している。そう。相手の心(気持ちや感じていること、思っていること)が分かってしまう国なのだ。   一見、なんて素敵な国なんだろうと思うが、その国は、誰一人として自分以外の人と関わることを拒絶した国になってしまった…という最悪の結末を迎えたのだ。

常に相手の心の中が丸見えで、自分の心も丸見えで…休む暇も無いのだ。   (はぁ、お腹すいたなぁ)Oo。   (明日仕事行きたくないなぁ)Oo。   (早く話終わらないかなぁ)Oo。   も、全て筒抜けなのだ。   頭で喋っているのか、口で喋っているのか 分からなくなる。 まだ、その位の言葉ならいいが、口にも出せないくらいの言葉だったらどうだろう。考えただけで恐ろしい。。。なので、我々人間は「言葉」と上手に付き合わなければならないのだ。

私以外は別の生物と考えると相手に合わせた会話ができる

発する言葉の一つ一つに責任を持たなければならない。口から出た瞬間に。目に見える文字にした瞬間に。   どんなふうに受け取られるだろうと考えながら。どんなふうに受け取ってほしいと考えながら。   相手は、自分以外の別の人間だ。むしろ、別の生物と思って接してもいいと思う。男と女は別の生き物だ…と何かで聞いたが、それよりも、自分以外の人間は別の生き物だの方がしっくりくる。   あなた以外の、あなたは存在しない。 わたし以外の、わたしは存在しない。   そう思うと、その別の生き物に合わせた言葉が使えるのではないだろうか。

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